タルタリアとカルダノ 3次方程式の解法をめぐって

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16世紀のイタリアでは, 数学の問題を解き合うという数学の試合が行われており, 勝利者には,栄誉と賞金が与えられるというものでした. 従って,当時のイタリアでは新しく発見された数学の解法は秘密にされることが多かったのです.
1535年に行われた3次方程式の解法に関する数学の試合において, タルタリア(Nicclo Tartaglia) という数学者が完全勝利を収めました. その噂を聞きつけたカルダノという数学者が, 3次方程式の解法教えてほしいとタルタリアに懇願しました. 最初のうちは拒否をしていたタルタリアでしたが, カルダノの絶対に公表しないという約束を信じ, その解法を伝授したのでした.これが1539年頃のことと言われています.
しかし,カルダノは1545年に自身の数学書「大なる術」において, 3次方程式の解法を公表してしまうのでした. これにタルタリアは激怒し, カルダノに数学の試合を申し込みましたが, その試合にカルダノは参加せず, 代わりに弟子のフェラリ(Ludovico Ferrari)が参加したのでした. フェラリ自身も4次方程式の解法 を発見するほどの天才数学者でしたので, タルタリアはフェラリに敗れてしまうのでした.

タルタリアからカルダノに伝えられた次の問題を考察する.
立方体と辺の\(6\)倍との和を\(20\)に等しくせよ.

また,その後で,一般的の解法についても紹介する. 3次方程式の解法を完全に一般化したのはカルダノであるが, その主要部分のアイデアはタルタリアによるものである. 現在では,この3次方程式の解法は,カルダノの解法と呼ばれることが多いが, タルタリアに敬意を表して,タルタリア・カルダノの解法と言われることもある.


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この記事は, [上垣2006] を参考にさせていただいています.